神吉城跡 わがまち加古川60選のNo.48

神吉城跡

・本丸跡
 現在、中の丸(本丸)跡は法性山常楽寺となっていますす

・西の丸跡
西の丸が真宗寺となっています。

・西の丸跡
常楽寺の本堂裏にある墓地には城主神吉頼定の墓があります。

POINT
赤松氏一族の神吉氏が築城しました。初代城主は赤松範次です。
神吉城は神吉の集落全体が城域で、中の丸・東の丸・西の丸・二の丸の4つの曲輪を持つ縄張りの城で、 中の丸には低層ながらも天守閣が建てられていたといわれています。
天正6年(神吉頼定の城兵2,000が守る神吉城を、織田信忠・羽柴秀吉の三万の大軍と激戦の末に落城しました。 現在、城跡は中の丸が法性山常楽寺、西の丸が真宗寺となっており、 常楽寺の本堂裏にある墓地には城主神吉頼定の墓があります。

神吉城(常楽寺)跡の基本情報

住所 兵庫県加古川市東神吉町神吉1413
電話 079-432-3866
別名 真名井城、奈幸子城
廃城年 天正6年(1578年)
   
地図